松本にパンと木工の工房を作り、手作りの石窯で楽しみながらパンを焼く小口明宏さん、愛弥子さん夫妻。木工作家の明宏さんが作る木型で焼かれたパン、旬の野菜を使ったピザパン、好奇心から作ったパン…一つ一つに夫婦の愛と楽しみが込められている。
イートインスペースで、現在妊娠9カ月の大きなお腹を抱えた愛弥子さんと、それをサポートする明宏さんに話を聞いた。
―木工とパン屋を両方やってらっしゃるんですか?
(愛弥子さん、以下愛):はい、そうなんです。もともと作ることが好きだったので東京の家具工房で働いていました。その工房で夫と出会い、結婚が決まって。「実家に戻って店をやりたい」と夫が言ったので、工房を辞めて松本で物件を探しました。
本当は家具屋だけでやろうとしていたんです。東京で働いていた家具工房の代表が「松本に戻ってやってみたらどうだ?」っていう話を持ちかけてくれて、「じゃあやってみよう」という話になったときに、「じゃあ私がパンを焼く!」って、便乗した感じなんです(笑)。今は、夫が作った木型で焼くパンもあります。
―愛弥子さんは「パン作り」をしていたんですか?
愛:作ることが好きで東京の家具工房で働いていたけど、「せっかく作るんだったら最終的に食べられた方がいいな」と思って工房を辞めてパン屋に2年勤めました。食べることも好きなので(笑)。仕事にするからには、自分が毎日食べることになるだろうから、毎日食べられそうなものって考えて、パンを選びました。最初は軽い気持ちで選んだんですけど、やっていくにつれてだんだんパン作りの面白さを感じ始めましたね。
―パン作りの面白さってどういうところですか?
愛:いろんな工程があって、それを一つ一つきっちりクリアしていかないとおいしく焼けない。その難しさに引かれました。東京で働いていたパン屋はオーブンだったんですけど、今は石窯なのでさらに難しさが増して…。火の温度は待ってくれないし、外気の気温や湿度にすごく影響を受けるから難しいんですけど。オーブンと違って、毎日多少の焼き上がりの違いが出るので、そこが面白いですね。商売だから同じ焼き上がりにならなきゃいけないんですけど(笑)。おいしく焼けたらそれが幸せですね。
―石窯でパンを作りたかったんですか?
愛:そうですね。パン屋を始めることになったときに、知人が「ラオスで食べたパンがおいしかったよ」っていう話をしてくれたんです。それでラオスに行ってみたんですけど、すごくシンプルだけどおいしいパンで。工房を見せてもらったときに石窯を使っていて「すごく魅力的だね」っていう話になって、「じゃあ私たちも石窯でやろうか」って決めました。
―石窯は手作りなんですか?
愛:そうです。1台目はほぼ2人で作りました。最初は小さいものから作ってみて石窯の構造などをつかみ、失敗を繰り返して…。去年「そろそろ半永久的に使えるものを」ということで今使っている窯を友人に手伝ってもらって作りました。鉄工をやっている人と知り合えて、全面的に協力してもらったので、丈夫な窯ができました。
―素材でこだわっていることはありますか?
愛:松本の地粉と北海道の地粉をブレンドしたものを使い、酵母は秋田県で作られている野生酵母「白神こだま酵母」を使っています。水は、源流が近いみたいでおいしいので、ここで出る水を使っています。食材はなるべく地産地消でやっていきたいと思っています。東京出身なので、食材の豊富さ、新鮮さに魅力を感じます。
ここ(梓川)はリンゴ畑がたくさんあるので、ここのリンゴを使って天然酵母を作っていましたが、妊娠して酵母の面倒をみる「ずく」がなくなってしまったので、今はお休みしているんです。
―酵母って「面倒を見る」ものなんですか?
愛:はい。1日に何回も様子を見ます。酵母の作り方は、むいた皮を密閉できる瓶などに水に浸した状態で2~3日ほど置きます。すると発酵してくるので、そうしたら水に菌が移った証拠なのでリンゴの皮を捨てて、粉や水、栄養分としてはちみつを入れて酵母菌を繁殖させていきます。表面にカビ状のものが出てきたらそれは雑菌なので、つまんで捨てるを繰り返して、いい酵母を作っていきます。「酵母」という生き物に接しているので、神経を使いますね。ちゃんと見ていてあげないといいパンが焼けないんです。それだけ世話をするとかわいげが出てくるので、そう思うと中途半端には出したくないなと思いますね。また落ち着いたら酵母作りを始めたいですね。
―一番好きなパンは?
愛:うちのフランスパンですね。食べ続けられるシンプルさが好きです。フランスパンって一番シンプルなので一番難しいんですよ。原材料が粉と水と塩と酵母だけなので、ごまかしがきかないんです。「フランスパンがおいしいお店は全部おいしい」と言われているので、フランスパンはパン屋の基本なんです。
―明宏さんは?
僕は「がぶりベーコンパン」、「くるみパン」、「あまプチパン」ですね。味がはっきりしていて食べやすいから。実はパンって、今までの人生の中であまり食べていなかったんです。結婚してこういう生活を始めてからよくパンを食べるようになりました。
―これからどんなパンを作っていきたいですか?
愛:地産地消・季節限定のパンですね。みなさんおいしい果物や野菜を作っているので、そのときにおいしい状態で出せるパンを作っていきたいです。
現在、明宏さんの両親が週2~3日のペースでまき割りや接客、庭の手入れなどして店を手伝っている。一緒に工房で働く仲間は、改装や石窯作りを手伝ってくれた。「自分たちだけでは手の行き届かない仕事をしてくれてとても助かっています」と、明宏さんは話す。
イートインスペースは、改装のため10月から2009年3月まで休業し、もっといろんな人にその場でパンを楽しんでもらえるようなスペースに生まれ変わろうとしている。
「パントキ」は、日々楽しみながら、いろいろな人の手が加わって「パン」と「パンを楽しむ場所」が作られている。
◆パントキ~梓パンと木のおもしろ工房~
松本市梓川梓6784 TEL:0263-78-6237
営業時間 11:00~18:00 火曜・水曜・木曜定休(祝日は営業)
http://pantoki.web.fc2.com/
松本から車で1時間。乗鞍高原に住み、家を作り、窯を作り、店を作り、道を作り…ル・コパンの林原隆二代表は、「そんなに難しいことではなく、当然のこと」と笑う。
店内の窯ではピザが焼かれ、店の外にはオープンカフェと、3つの窯。乗鞍高原のこと、パンのことを緑に囲まれたテーブルで聞いた。
―どうして乗鞍高原でパン屋を始めたんですか?
ずっと世界の山に登っていて…ヒマラヤ、アルプス、アフリカの山へも行きました。それが20年以上前に乗鞍高原に来て、ここに住もうということになり…住むことになったらまず必要なのは、家でしょ?だから家を建てました。それから、ここで暮らしていくために何をしていこうか…と考えて。会社を作って、その定款が20個くらいあるんだけど、その一番上が「パンの製造」だったんだよね。だから、まずパンを作ろうかと(笑)。
パンを作るとなると、窯が必要だから窯を作った。パン作りも最初の頃はどうすればいいかわからず、他のパン屋さんに教わりに行きましたよ。
―どうして「パン」だったんですか?
乗鞍でできることは何かを考えました。ここの水は硬水、そしておいしい。きれいな水がおいしいというわけではないんです。とにかくここの水はうまくって、パンに適している。だからパンを作り始めました。
―パン作りになにかこだわりはあるんですか?
パンに限らず、食べ物は「体にいいもの」で「おいしいもの」がいいじゃないですか。でもその両立って難しいですよね。だからそれは、パンの様子を見ながら、そのときどきベストな状態を見極めていくしかないですね。中には、焼きたてよりも日をおいて熟成させたほうがおいしいものもありますし。イースト菌ではなく「自家製天然酵母」というのも特別なことではなくて、僕にとっては当然のこと。山に登るとキャラバンでパン、というかナンのようなものを作っていましたから。
―山登りが起源になっているんですね。
そうかもしれません。僕は特別なことをしているわけではなくて…まず住む場所が必要だから、作る。それから生活をしなきゃいけないってことで、会社を作った。いい水があるからパン作りを始めようと思い、窯を作った。
―自然の流れで今に至る、と?
そうですね。店も、最初から売店があったわけじゃなくて、2~3年は行商へ行っていました。それから売店を作り、道路を作り…今年になってようやくアスファルトの道路がつきました。およそ20年がかりでね。できること、必要なことを少しずつ、という感じですね。
―お薦めのパンはありますか?
「ざっこくトースト」ですね。雑穀がたくさん…17種類も入っているので。僕は実は…小さいときはパンが嫌いだったんですよ。戦後のコッペパン・脱脂粉乳世代ですから。今はいろんなパンがありますが、こんなに種類がたくさんあるのは日本だけですよね。
―これからは?
この場所は「ほっとできる場所」として、できる限りのサービスをやっていきたい。どこかと同じ、まねをするのではなくて「この場所」ということに意味があると思います。音楽もいらないし。遠くから時間をかけてやってきて、パンを食べてのんびりして帰っていく人もいますよ。スピードアップすることや、量産することでは本当にいいものはできないと思います。
―定款もまだたくさんありますしね(笑)。
そうですね…(笑)。これからもパンだけにこだわらず、ここ、乗鞍でできることをやっていきたいと思っています。
ちょうど、パンを窯に入れるところを見せてもらった。パン生地は3日間、発酵させたものだという。「なかなか、思ったように育ってくれなくて」とスタッフ。窯は「最も原始的」で、温度計もないため開けて、手をかざして温度を調節しているという。窯をまきで暖め、その熱でゆっくりとパンに火を通す。その工程を見ているとそれが特別なことではなく、ごく当たり前の作業―毎日、朝起きて、ご飯を食べて…というような―のように思えてきた。
高原のパン工房―そこは特別な場所ではなく、しっくりと溶け込むようにある場所だ。
◆ル・コパン
松本市安曇乗鞍高原 TEL:0263-93-3215
営業時間 10:00~17:00 火曜定休
http://www.le-copain.com/