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帰ってきた「レジェンド」飯田真輝さんが、松本山雅でやりたいこと

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今シーズン、クラブ史上初めてJ3で戦うことになる松本山雅FC。1月に行われた新体制発表会では、神田文之社長が「皆さんにも非常に悔しい1年を過ごさせてしまった」と言うほど、J2から降格となった昨シーズンは、厳しい戦いが続いた。

そんな中、1月31日に、2010~2019の10シーズン同クラブで活躍し、JFLのマルヤス岡崎、奈良クラブと渡ってプレーを続けていた飯田真輝さんの引退が発表された。SNS上では「飯ちゃん」をねぎらう声と共に、「アルウィンでもう一度」「松本に帰ってきて」という投稿も多く見られた。まさかその翌日、「松本山雅FC Community Bond Builder」として、本当に戻ってくるという発表があるとは。2年ぶりに帰ってきた飯田さんは、これから何をするのか。話を聞いた。

松本山雅Community Bond Builder・飯田真輝さん

松本山雅FC Community Bond Builder(CB2) 飯田真輝さん
1985(昭和60)年生まれ。茨城県出身。DFとして東京ヴェルディから2010年8月に松本山雅へ期限付き移籍し、シーズン終了後に完全移籍。2020年はFCマルヤス岡崎、2021年は奈良クラブでプレーした。1月31日に現役引退を発表。

松本山雅は、チーム、会社、地域の3つでできている

― まずはCB2についてですが、どういう役職なのでしょうか?

訳してそのままの意味(コミュニティーをつなぐ作り手)ではあるんですが、僕の仕事で言うと、基本は普及(スクール)育成事業になります。スクールの子どもの指導や、幼稚園などの巡回がメインですね。ただ、それとは別に外に出て何か話をするとなると、スクールコーチという肩書ではピンとこない。今日の取材も、僕がスクールコーチだったら、たぶん来ないですよね。 僕は「地域に恩返ししたい」という思いを持って、松本に戻ってきたので、いろいろな場所に出て行って、話したり、皆さんの声を聞いたりという役割も担いたかった。そこで会社とも話して、CB2という名前になりました。

― 「地域への恩返し」という言葉がありましたが、飯田さんの中にそういう思いが生まれたのはいつだったんでしょうか?

僕は茨城県出身で、ずっと関東から出たこともありませんでした。正直に言えば、最初に来たときは松本山雅も松本も知らなくて。レンタル移籍ということで、ここで半年間頑張って戻ろうという気持ちでした。でも、人の縁があって来たということと、「松本山雅を全国区にしたい」と言う松田直樹さんと出会ったことが転機になりました。何をもって全国区というのかは人それぞれかも知れませんが、自分のイメージでは、小中学生に日本のサッカーチームの名前を聞いたときに挙げてもらえる、ということかなと思っています。だから、最初の頃は、サッカーでどうにかして松本山雅を有名にしていきたいという感じでした。そこから、松本の街に触れる機会が増えて、具体的に触れるというとサポーターになりますが、応援してもらっている、支えてもらっている、というところから少しずつ「松本山雅愛」と共に「松本愛」「地域愛」が芽生えていきました。

― 松本山雅のサポーターは熱量が高いと、地域リーグ、JFL時代から言われています。飯田さんの目から見てもそうですか?

いろいろなチームの形があるとは思いますが、サッカーで盛り上げてそこについて来てもらうというのとは違って、街を含めながら松本山雅を形成しているように思います。2014(平成26)年、2018(平成30)年にJ1の昇格パレードをしてもらったときに感じたことは、「地域の代表として戦ってくれた松本山雅を見てもらおう」という地域の皆さんの思いでした。

2014年のJ1昇格パレード
2014年は選手が山車に乗ってパレードした

2014年のJ1昇格パレード
延べ約5万人(主催者発表)が詰め掛けて祝った

特に2014年のときは、山車に乗せてもらったじゃないですか。それって僕らの力だけではできない。山車を使うとなると、出してくれる人、引いてくれる人がいるし、何か起きたら誰が責任を取るのかという話にもなります。通りを通行止めにして、最後は松本城で報告会も開きました。見に来てくれた方もそうですが、それをメディアで見た方も「松本山雅はそういう存在なのか」と感じたはずです。

― 松本の人たちにとって、松本山雅は「特別な存在」だと。

それぞれ考え方はあると思いますが、僕は、松本山雅という名前は、会社やチームのものではなく、そして地域のものでもない。松本山雅というブランドを、チームと会社と地域、この3つで形成しているようなイメージを持っています。今まで松本山雅が成し遂げてきたことがあって、それでついて来てくれている人もいますが、その前から支えてくれている人もいて、本当にいろいろな人の手で築き上げてきたからこその今があると思っています。

選手には、「松本の人たちは皆、味方だよ」と伝えたい

― 飯田さんが「恩返し」として、具体的にやっていきたいことは何ですか?

コロナ禍ということに配慮しながらにはなりますが、街に出て、皆さんの目に触れることですね。松本を離れてまだ2年しか経っていないので、僕のことを「よく知らないけど、テレビで見たことがある」という人もいるはず。そういう人たちに対して、会社の営業担当が「ポスター貼らせてください」っていうよりは、僕が行ったほうがいいかもしれない。地域のイベントに出たり、SNSを使って発信したりして、いろいろな人の声を聞く機会も持ちたいと考えています。

― 松本を離れて改めて気付いたことや感じたことはありますか?

僕が離れていた2年間はちょうどコロナ禍と重なるので、ほかのチームと単純な比較はできませんが…戻ってきて、街なかで目にするポスターや、車に貼ったステッカーの数の多さには改めてびっくりしますね。スタジアムに来る、来ないとは別に、こんなに支えてくれる人がたくさんいるということが分かりますし。まあ、選手時代は、チームの結果が出ていないときに目にすると心苦しく思うこともあったので、これは引退した今だから言えることかもしれません。どの地域にも、めちゃくちゃ応援してくれる人はいますが、松本はアベレージの高さを感じます。

街頭フラッグ
今シーズンのスローガンが描かれた街頭フラッグ

引退した今、僕は主役じゃない。やはり自分よりも選手が「週末の試合、見に来てください」「応援してください、点取るんで!」って言った方が、心が動きますよね。だから、もちろん状況にはよりますが、選手には街の人とどんどん接してほしいと思います。でも同時に、人にどう見られているかも常に気にしてほしい。僕も現役時代、松本の街を1日歩いたら、何人にも声を掛けてもらいました。チームや自分の結果が出ているかどうかで、受け取り方は変わってしまうんですが、それでも松本の人たちは、応援したくて声を掛けてくれている。僕も、良いときも悪いときもありましたが、嫌なこと言う人って出会ったことないですから。

― 皆、温かい言葉を掛けてくれる。

あっ、プライベートの話ですよ。スタジアムではいろいろ言われますけど。それは、お金を払って時間を割いて来てくれているので、厳しい目で見られるのは当然。 でも僕は、スタジアム以外で選手が松本の街を感じられるような機会も作りたいし、今、それができないのであれば、「松本の街ってこうなんだよ」「いろいろな人がいるけど、敵じゃなくて、全員味方だからね」って伝えたいです。

― 選手のモチベーションを高めるきっかけにもなりますよね。

そこが、先ほど話した、皆で形成している松本山雅ということ。選手が作っているわけではない。勝ち負けは選手がグラウンドで出した結果かもしれませんが、サポーターの後押しが、選手にとっての結果や、松本山雅が上がっていくか、下がっていくかにつながっていく。それに気付くことができるかどうかは、選手にとっても大事なことだと思います。

松本山雅と一緒に戦うことに集中してもらえるような環境づくりを

― ここ数年、松本山雅はなかなか思うような結果が出せないことが続いています。

これはプレイヤーが言い訳にしてはだめですが、僕がいたときはアルウィンで声が出せて、自分たちにとってはパワーになる、相手にはプレッシャーになる、そういう雰囲気を作ることができた。今、それができないということは大きいです。今期のスローガンは「原点回起」ですが、これ、僕は昔から言っているんですが…甲子園は見ますか?

― え、甲子園?はい、見ますけど…。

甲子園は高校生が一途に頑張っていて、そこに感動を覚えるから見るという人も多いじゃないですか。松本山雅のサポーターも、僕らが諦めない姿とか、ひたむきさとかを応援してくれている。松本山雅はJ1に昇格した後、2回とも翌シーズンに降格しましたが、そのときはあまりブーイングとか、SNS上にはあったかもしれませんが、でも試合が終わればサポーターは拍手で迎えてくれました。それに甘んじてはだめですが、そういうところを見たいというニーズがあるなら、そこは絶対で、なおかつその先にサッカーとしての質を求めていくべきだと僕は思います。そのほうが地域に愛されるチームであり続けられる、とも。もちろん結果は出さないといけないですが、頑張っている姿があればこそ、力になりたいという人が増えるはず。僕にとっての「原点回起」、地域とのかかわりというのはそこにあります。

今シーズンのスローガンが描かれた街頭フラッグ

― 確かにアルウィンに行くと、「応援」を楽しんでいる人が多い印象があります。

でも、なかなか結果が出ない状況が続くと、途中で「絶対勝つんだ」という気持ちがしぼんでしまう。そういうことがないように、不安や不満はなるべく試合前に解消できるといいなと思っています。僕がその役割の一端を担うことができれば。 試合の始まりのホイッスルが鳴った瞬間から終わるまでは、サポーターも松本山雅のチームと一緒に戦って、勝つということに集中してもらえるような環境づくりをしていきたいですね。

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1月の新体制発表会で、名波浩監督は客席に掲げられた「俺らは常に挑戦者」という横断幕を指して「今のわれわれに本当にぴったりだと思っている」と話した。今シーズンの開幕は3月13日、カマタマーレ讃岐とのアウェイ戦。挑戦の一年を共にしたい。

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