特集

変わりゆく街、これからの街~井上百貨店

  •  

松本で「デパートといえば?」と聞くと、ほとんどの人が「井上百貨店」と答えるだろう。同店の歴史は1885(明治18)年、井上呉服店の創業にさかのぼる。1979(昭和54)年、六九町から現在の場所に移転。「子どものころ、家族一緒に出掛けた」「贈り物といえば井上に行く」という人も多い。

近年、同店が地域のさまざまな店や学校、行政などと行っている取り組みが「松本みつばちプロジェクト(MMP)」。2015年、蜂蜜専門店「信州蜂蜜本舗」(松本市中央1)と共に、地域資源を活用して街の活性化を図ろうとスタートした。個人商店や老舗企業などコラボレーションの相手は多彩で、さまざまなアイテムを生み出している。そこには、どのような思いがあるのか。常務執行役員・井上博文さんに話を聞いた。

井上・常務執行役員 井上博文さん

井上・常務執行役員 井上博文さん
1974年生まれ。大学卒業後に渡米し、MBAを取得。帰国後、2000年1月に同社に入社。ラーメンもスイーツも好き。

この地の老舗百貨店として、つないできたもの、つないでいくもの

― MMPを始めたきっかけは何だったんですか?

MMPの前にも、「松本スイーツショー」や「商人大学」など、地域の取り組みには参加していました。そんな中、数年前から少し意識が変わってきました。「大型商店」と「個人商店」という立ち位置からではなく、フラットに地産地消を考え、地域で作ったものを地域で流通させていく必要があるのではないか、と。

― 百貨店としての関わり方に変化が?

もちろん企業として、ビジネスとして考えることが大前提にあります。それでもマスではなく、個性を感じる、顔が見えるといった商品のニーズが高まる時代の中で、競合するのではなく、地域で活動している人たちと一緒にやっていくことに意味があると感じるようになってきました。

― でも、もともと「井上ブランド」の商品もありますよね。

はい。「井上」のオリジナルブランドもあります。でも、それとは別のものとして、作り手や生産者と対等な関係、パートナーとして取り組んでいくことで、より多くの人に求められるものができるのではないかと考えました。

― それが、MMPという形になった。

最初、「信州蜂蜜本舗」の深沢博登さんから「屋上を利用して養蜂をしたい」という提案がありました。それが、「地域資源を活用した街の活性化」というところにつながったんです。「あ、これだ」という感じです。

屋上での養蜂の様子

屋上での養蜂の様子
屋上での養蜂の様子

― 深沢さんとはもともと面識が?

松本青年会議所(JC)を通じて知り合いました。私が、街づくりに対しての知見を深めることができたのは、JCの存在が大きいですね。10年プラスα、長年関わってきて、地域への貢献や経済の循環、その中に組み込まれた「井上」としての役割を実感することで、私たちにできることは何かを見つめ直すことができたと思います。

― 毎年蜂蜜を採取して、蜂蜜としてだけではなく、コラボ商品もリリースしています。

キャンディーやメレンゲ、チョコレート、カステラ、ようかんなどのスイーツやカクテル、石けん…かなりの数になりました。飯田屋製菓やマサムラ、開運堂といった地元で長く続いている企業や、「Chez Momo(シェモモ)」や「ブーランジェリー・シエル」など街なかの店、未来ビジネスカレッジ(MIT)との産学連携などコラボの広がり方は予想以上です。

― 商品のパッケージは、地元作家が手掛けているものもありますよね。

「城町はちみつ~蜂蜜入羊羹(ようかん)~」は、栗田製菓所とコラボしたアイテムで、パッケージデザインは地元の紙箱作家・AkaneBonBonさんにお願いしました。ミツバチが空から眺めた松本の街、というデザインで、「松本土産」をコンセプトに作った思い入れのある商品です。

城町はちみつ~蜂蜜入羊羹(ようかん)~
城町はちみつ~蜂蜜入羊羹(ようかん)~

― 最近は、MMP以外にも取り組みが広がっています。

フランスガモの飼育販売を通して障害者の自立を支援している「信州フランス鴨の会」と南安曇農業高校と共同開発した「信州フランス鴨のスモーク」、塩尻・奈良井の「桜香(ほのか)会」と東京の「和ハーブ協会」と共同開発した奈良井産の大きなフキ「トウブキ」を使ったチョコレートなどもあります。

「信州フランス鴨のスモーク」
信州フランス鴨のスモーク

― 実際にやってみて、苦労された部分は?

作り手や生産者の思い、ものが持つ魅力や個性を損なってはいけないし、変える必要もない。そこに違う角度から光を当てるようなコラボになるように意識しています。作り手と売り手が同じ目線で取り組まないと、どこかでほころびができてしまいます。そういうものは結果的に売れない。売り手としては、最後まで面倒を見なければいけないというリスクを負うことになるわけで、最終的にはどう売るかということになってきます。入り口と出口をきちんとすり合わせておくことが大事ですね。

― 今後は?

全く新しいものではなく、ほんの少し違うものが必要とされていると感じています。消費者のフラストレーションや生産者の悩みを、商品開発を通じて解決したい。そのプロセス自体が、地域の人たちと取り組むことの大きな意義になると思っています。

― 百貨店としてはどうでしょうか?

ものづくりや商品開発、地域の宝の発掘など、いろいろな情報が集まる中で、選別することと、それを取り上げる責任。それが百貨店の仕事だと考えています。私たちが扱う商品は、正直、安いものではない。でも、安いものを提供することを求められているわけでもないんです。こだわりや選ぶ楽しみ、そして、日常の中の非日常を楽しめる提案をすることが、百貨店の役割です。私たちが長年、この地でやってきたことが、巡り巡って、今があると感じています。これまで「井上」がつないできたものを大切にしながら、さまざまな人たちとさまざまな取り組みを、進めていきたいです。

城町はちみつ
城町はちみつ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

井上さんのフットワークは軽く、さまざまな市内のイベントの取材時にもその姿をよく見かける。「松本の百貨店」という看板を背負い、これからどのようなつながりを生かし、さらにつながりを広げていくのか、今後のコラボにも注目したい。