松本市の瑞松寺(ずいしょうじ)境内にある喫茶店「半杓亭(はんしゃくてい)」(松本市中央3、TEL 0263-33-6187)で1月16日、作家・いしいしんじさんによる「その場小説の会」が行われた。
同会は、2007年12月に東京にあるいしいさん行きつけのバーが閉店する際にオーナーに「いしいさん、何か読んでよ」と言われたのがきっかけで始めた。「すでにあるものを読んでも面白くない。『その場で書けたら…』と思い付いた」といしいさん。それから「書きながら、読む」というスタイルで行ってきた。現在松本市に在住のいしいさんが、同店であるイベントの打ち上げに参加した際に「その場小説」の話になり、店長の高石さんに「うちでもやってほしい」と依頼され快く引き受けた。
当日は、40人ほど集まった参加者で店内は満員状態に。いしいさんが登場し「こんばんは。今日はちょっと鼻声で…お聞き苦しいかと思いますが、よろしくお願いします」とあいさつすると、拍手がわき起こった。暗転した店内奥に用意されたいすに腰を下ろし、テーブルに置かれたデスクライトの下で無地の自由帳を開き、鉛筆を削って準備が整ったところで「その場小説」が始まる。
「男が、2人連れで、山を、登って、ゆく…」と、書きながら一言一言ゆっくりと声に出すいしいさん。書いては声に出し、時には声に出した言葉を書きながら、途切れることなく物語が進んでいく。山を登る男を追いかけてくる「登山者」に松本市のマスコットキャラクター・アルプちゃんの名前が挙がり、普段声を発することのないアルプちゃんの「アタイはさぁ…」というちょっと悪びれた口調に、店内には笑い声が広がった。40分ほどで物語は終了。いしいさんが「ありがとうございました」とあいさつすると、参加者は大きな拍手を送った。
「その場小説」が終わると、いしいさんは「報告があります」と切り出し、参加者は息をのんだが「おいしいそば屋を見つけまして…」という内容に爆笑。話がどんどんずれたため「じゃあ、何か質問がある人…」と質疑応答の時間に。いしいさんは一つ一つの質問に丁寧に答えた。
終始、笑いの絶えない店内だったが、「小説は『書く』だけじゃなくて、『体験するもの』だと思う」とまじめな話も。「小説は、読んでいる間はその人のものになる。今回の話も、今ここにいる人しか味わえないもの。ストーリーだけじゃなくて、同じ時間、空間を共有してもらえたと思う」と話すいしいさんの声に、参加者は真剣な表情で耳を傾けていた。
いしいさんは2月には京都に引っ越す予定。「一番好きだったのは松本の『寒さ』でした。寒いっていいですね。また住みたいです」と話し、「松本でやれて良かった。呼んでもらえればまた来ます」とあいさつして会を締めくくったが、終わった後も本にサインを求める人で、店内の熱がなかなか冷めない状況が続いた。