松本市内の飲食店や書店などの店舗に、乾漆(かんしつ)という技法で作られたカメやマナティなどの動物オブジェが現れ、来客を楽しませている。
ゲストハウス「tabi-shiro(タビシロ)」(松本市城西1)のラウンジには、アルダブラゾウガメの「アップル」が滞在。カウンターの下にたたずむ姿は、大きさや質感など本物に見える。同宿の小澤清和さんは「本物だと思って怖がるお子さんもいるし、喜んで写真を撮るお客さんも多い。市内で活動している作家がいることを紹介するきっかけにもなっている」と話す。
動物たちを手掛けるのは、中山で「工房茶虎」を構える木工作家・大曽根俊輔さん。武蔵野芸術大学工芸科で木工を専攻し、東京芸術大学大学院修士課程で文化財保存学を学び、卒業後は京都で仏像の修復に携わってきた。2015年に松本へ移住し、木工作品の制作や金継ぎ修理や教室などを行っている。乾漆動物は、粘土で肉付けをした骨組みに、のり漆で麻布を張り重ねた後、粘土や骨組みを取り除いて張りぼてを作り、木の粉などを漆に混ぜたものを塗って形を削り出し、彩色して仕上げる。動物は、写真や動画も参考にするが、実際に動物園や水族館へ通い、デッサンを重ねるという。
今年の「工芸の五月」では、池上邸の蔵(中央3)で企画展「kuranimal」を開催。蔵内ではマナティやブタのほか、新作としてコウモリと「アップル」を展示した。外の水路に現れたカバは、あまりのリアルさに驚きの声を上げる人も多かったという。同展に足を運んだ小澤さんが夏ごろに、「マナティはどうしているの?」と大曽根さんに尋ねたことがきっかけで、同宿に招くことに。その後、マナティを見た人から新たにペンギンのオーダーを受け、現在、制作を進めている。
動物たちはこれまで、ギャラリーや書店、飲食店、パン店など市内を中心に10カ所ほどに巡回しながら滞在している。「こんなにいろいろなところに置いてもらえるような展開になるとは思ってもいなかった。場所によってはなじみ過ぎて、気付かれないところもある」と大曽根さん。今後も、応じられる範囲で対応していきたいという。「作品展で見てもらうのとはまた違う受け取り方があって面白い。動物によって反応も違うし、置く場所によって新たな発見がある」と笑顔を見せる。