8月25日、地元紙・信濃毎日新聞の朝刊一面に掲載された「パルコ イオンモール 松本にぎわいへタッグ」という見出し。強力な競合商業施設が連携する取り組みは大きな話題になった。2館を結ぶルートとなる、伊勢町通り、本町通り、中町通りには、パルコのエメラルドグリーン、イオンモールのパープルを用いたフラッグがはためく。
「きて、みて、楽しむ!松本ショッピング創生プロジェクト」。異色のタッグが実現したのは、今年3月、パルコ松本店の店長に就任した伊藤智人さんの存在がある。どのようにして取り組みを進めてきたのか、そして真の目的は何か。話を聞いた。
― パルコとイオンモールのタッグは正直驚きました。
商業施設の連携でよくあるのは、そのエリアとは別のエリアに大きな競合ができたときに、対抗しようとするケースです。例えば名古屋駅に新しい商業施設ができるときに、栄地区にあるパルコと松坂屋が手を組んだ。このエリアを一緒に盛り上げていきましょう、というのは垣根を超えて連携する理由になります。
― 確かに、名古屋の構図は分かりやすいです。でも、松本の場合は?
イオンモール松本ができたときに、パルコ周辺エリアでキャンペーンがありましたが、そこまで大きなものにはならなかったようですね。それでそのまま3年が過ぎた。その間、パルコは売り上げが下がりましたが、ようやくすみ分けができたと僕は感じています。
― すみ分けというのは?
お客さまがパルコに求めているものが何か、ということがはっきりしました。この春の改装で6店舗を新規・改装オープンして、特に1階グランドフロアは、「アガット」「ポール・スミス」のリニューアル、「ヴィヴィアン・ウエストウッド レッドレーベル」の県内初出店などで感度の高いファッションブランドがそろいました。そこで、ここが底だということが見えた。底打ちというのは、マーケットのボリュームサイズが分配できたということです。そこで、競合として客を取り合うのではなくすみ分けをする方向に舵を切りました。お互いが成長するためには、マーケット自体を大きくしなければならない。だから手を組みましょうという提案をしました。
今年春の改装では6店舗が新規・リニューアルオープン
― 伊藤さんが店長になってすぐ、提案したのですか?
そうですね。入館客数は1月に前年よりも回復したので、3月には底打ち宣言ができると思っていました。ところが新型コロナウイルス感染拡大の影響が広がって、約1カ月間(4月18日~5月13日)、休業することになってしまった。どこも同じだと思いますが、1カ月も休むなんて想像したこともありません。そうなると、嫌でも考えるじゃないですか。僕たちのようなショッピングセンターに求められていることは何だろう、って。
今回の提案も最初は「今まであり得ないし、話題になるよね」というレベルだったのが、コロナがあったことで、より本質というか、本当に求められているものは何かを考えざるを得ませんでした。コロナ禍で、買い物もリアルからオンラインになっていき、地元にお金が落ちなくなる。その中で、地元・松本の消費を盛り上げることが僕らの役割だと思いました。
タッグを組むというのも、普通だったらこんなにスムーズに進まなかったかもしれません。でも、営業再開後、来店を促すためには新しい形の消費提案をしなければならなかった。セールやイベントでは人を呼べないので、どうやって来てもらうか、関心を持ってもらうか、消費を盛り上げていくかという課題が共通していたから、手を取り合えたのだと思います。
― 今回のプロジェクトは「ショッピング創生」を掲げています。
志高くいうと、地方創生のきっかけです。地方創生を真に継続・発展するためには、一人一人が地域の担い手として積極的に関わっていくことが大事だといわれています。それを「松本創生」として取り組みの真ん中に据えました。ただ、我々が担うのはショッピングという一つのパーツなので、「松本ショッピング創生プロジェクト」としました。実は、松本市が掲げる商業ビジョンには、重点事業として「think local, buy local 運動の展開 ~地域の魅力を地域で支える~」があります。これはまさに、このプロジェクトで市の商業ビジョンを具現化しようということです。
― 2館だけに限らず、期間中は周辺の商店街などでも連携イベントがありますね。
時期が決まった段階で賛同者がたくさん集まって、同時にさまざまなイベントを開催することになりました。伊勢町通り、本町通り、中町通りの3商店街にも説明に行きましたが、反応が良く、皆さんが協力すると言ってくれたことも大きな意味があると感じています。コロナ禍における危機感、打開策って何だろうと模索する中で、一つの契機になるのではという手応えを得られました。
中町通りの街頭フラッグジャック
― 2館の間は約1キロ。行き来することで、にぎわいが生まれます。
2館がきっかけづくりをして、周りをどんどん巻き込んでいけばいい形になっていくのではないでしょうか。もはや、うちの売り上げだけをどうこう言っている場合ではなくて、どうやったら街で買い物したくなる気分になってもらえるかを皆で考えないといけない。それで、旗振るべき人たちが振りましょうというのが今回のプロジェクトです。これでキャンペーンの成果が出て、もっと皆でやっていこうとなればいいと思っています。
― 話を伺い、キャッチフレーズの「生活に笑顔を、この街に笑顔を。」が腑(ふ)に落ちました。
ただ、コロナが無かったら、このフレーズは多分共感を得られなかった。パルコとイオンが手を組んで、笑顔とか、何言っているの?って。街が元気になるための気運づくりが今回の一番の目的です。
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パルコ松本店自体に目を向けると、営業再開後、入館客数は戻ってきているが、必要な物だけ購入する客が増えたため、館内の滞留時間が減っているという。ウィズコロナ時代、接客スタイルも変化を余儀なくされる中、「思いがけない新たな発見、宝探し的な楽しみ方は、リアルな場だからこその醍醐味(だいごみ)。そうした消費マインドを取り戻したい」と伊藤さんは力を込める。
松本の街全体も、観光客が激減し、にぎわいからは遠ざかっている。このプロジェクトをきっかけに、街に出て、さまざまなところで新たな発見があれば、出掛けることへの楽しみがきっと戻ってくるはずだ。