1巻(2007年6月)~7巻(2010年10月) 完結 ©講談社/折原みと
安曇野市の「長野県立こども病院」をモデルに、研修医・倉橋ヒノコ(通称=ぴよこ)が院内のさまざまな科で研修を受けながら「生命」について学んでいく物語。作中では「N県立こども病院」と称されており、オレンジ色のとんがり屋根が特徴的な外観は同病院そのもの。登場する医師や患者には実在するモデルがおり、著者の折原さんが実際に医師らと交わした会話が生かされている。
長野県立こども病院は一般の医療機関での対応が困難で、特殊または高度な医療を必要とする小児の疾患者が主な対象。24時間365日体制で、急性期患者を受け入れている。1993年に本館(南棟)を竣工(しゅんこう)。現在、神経小児科、循環器小児科、小児外科、麻酔・集中治療科など17の診療科と、産科・新生児科の総合周産期母子医療センター(北棟)で成る。外来患者の1日平均数は約200人。
描かれているさまざまな問題やストーリーは、著者の折原さんが病院での取材を基に描き上げたもの。折原さんは2003年から漫画雑誌「KCデザート」(講談社)で「真実の感動」シリーズを開始。臓器移植や車椅子の女性の結婚・出産、代理母出産、記憶障害など、「生命」をテーマにした物語を描き続けている。同作品では病院側や患者、病気を持つ親などさまざまな視点から見た出来事を細かく描き、折原さんが実際に感じたことを登場人物のせりふに乗せている。
1巻 病院のニオイがしないと気付くぴよこ ©講談社/折原みと
「この病院て『病院』のニオイがしないんだ」というぴよこのせりふがある。これは、実際に折原さんが病院を訪れたときに感じたことだという。ハードな勤務やミスで落ち込み自信を無くしたぴよこを福永師長が院内を案内するシーン。案内された場所は、院内で使用する物品を管理する中央材料部や清潔なシーツを供給するリネン管理部、ベッドや保育器を供給するベッドセンターなど、直接医療には関係のない部署。ぴよこは、病院で働いているのは医師や看護師だけでなく、患者の生命を支えるために見えないところで働いている人たちの存在を知る。病院のスタッフが、辛く苦しい治療と闘う子どもたちやそれを見守る家族が少しでも笑顔になり、不安を抱かないよう、努力している「気持ち」の部分をぴよこの視点で描く。
5巻13話の「あーちゃんママの物語」から ©講談社/折原みと
5巻13話の「あーちゃんママの物語」は、実在する患者とその母親がモデルになっている。1歳間近の女の子・朱華ちゃんが突然けいれんを起こし、こども病院に搬送される。余命3~4年を宣告され、朱華ちゃんが苦しんでいるのは自分のせいだと自分を責める母親。そんな中、1歳の誕生日を迎えた朱華ちゃんに、担当看護師から手作りのバースデーカードを手渡される。カードには朱華ちゃんの写真と、担当するスタッフたちからのメッセージが書き込まれていた。支えてくれる人がいることや小さな体で生きようと頑張っている朱華ちゃんの姿を見て元気を取り戻す。同巻内に は、モデルになった母親からのコメントも記載されている。
この病気を少しでも多くの方に知ってほしいと思っていました。折原先生も病気のことや私たちの気持ちをちゃんと伝えたいと言ってくださり、励みになりました。(中略)いろんなことを思い悩んでいる方にも、この漫画を通じて少しでも希望や勇気を持っていただけたらと思い、取材をお受けすることを決めました。
(中略)
出来上がった作品を見させていただいて、私たちの気持ちをしっかり伝えてくださってすばらしく、思わず朱華と過ごした時間を思い出し、涙が止まりませんでした。
モデルになった母親からのメッセージより(5巻掲載)
外観や機材、院内の様子などは、実際に働く医師らが「ああ、あそこだ」とわかるくらい正確に描き込まれている。折原さんの取材時にコーディネーターを務めた看護師長の赤堀明子さんは「折原さんの『真実を伝えたい』という強い思いを感じた」と話す。「時間をかけて丁寧に取材してくれていた。原稿は必ずこちらでチェックをさせてもらっていたが、病院の地道な日々のことや家族の気持ちなど、とても深いところまで表現していたので『話題性で描いているんじゃない。折原さんならきちんと伝えてくれる』と安心した」。NICU副部長の廣間武彦さんは「構成を見たらとても細かく描かれていたのでびっくりした。実際にいた研修医が困っていたことや、うまく育たないことで不安になっている母親の姿、そんな母親と一緒になって悩むスタッフ…。現在の『医療』というものに対して社会的に訴えてくれている作品だと思う」と話す。
NICUの場面と実際のNICU ©講談社/折原みと
同作品は、折原さんの担当編集者が同病院の元スタッフと知り合いになったことがきっかけで始まった。折原さんは、数カ月に1~2回のペースで片道5時間かかる同病院へ3年半にわたって通い取材を行ってきた。同病院の第一印象について、「病院のイメージが変わった場所。スタッフみんなが子どもたちのことを第一に考えていて温かい雰囲気を感じた」と話す。折原さんは21年前、看護師を目指す16歳の看護学生を主人公にした「時の輝き」という小説を出版している。骨肉腫に冒された彼との恋を通して「生命」について描き、多くの反響を得たという。「その時から、いつか医療者側のことを詳しく取り上げた作品を描きたいと思っていた」と、折原さんは同書のあとがきで当時を振り返っている。
もっと勉強して、取材して、より深く「生命」の現場のことを描いてみたいと十数年間、ずっと思い続けてきました。
(中略)
まだまだ「素人」に近い彼女の目を通して、医療現場の現実や、生きるために闘う人たち、そして、それを支える人たちの想いを描いていきたいと思っています。
1巻 あとがきより
同作品では病院の裏側も知ることができる。15年分のカルテが収容されるカルテ保管庫、治療以外にスタッフが行うケア、1人の患者の治療をめぐって複数の診療科の医師が意見を戦わせる 「VIP会議」、小児科医や看護師減少による人手不足、患者が亡くなった際に行われる病理解剖では傷が増えないように手術の跡にメスを入れる…。世間一般であまり知られていない「医療現場の事実」を強く伝えたいという願いは、折原さんも同病院も変わらない。「こども病院は長野県の財産だと思う。漫画を入り口として、県内の方たちが、こども病院のことをより深く知って、応援してくださることを願っている」(折原さん)。
最終巻には「こども病院研修編は今回で完結」とある。「いつか、もっと成長したぴよこの姿を描けたら」と折原さん。「ぴよこの研修2年目は一般病院での研修。それが終わると専門分野を学ぶようになる。小児科医を目指して、またこども病院に戻ってくる姿を描けたらいいなと思う」と続編に対して前向きな姿勢をみせる。